1998年 
 連日深夜まで仕事漬けの1997年冬、最初は背中が張った感じだけでしたが、次第にみぞおちの部分に激痛が走るようになり、診察の結果「胃がん」の宣告を受けました。手術のため入院中の1ヶ月間にお見舞いに来てくださった方々は延べ150名。そのほとんどは私のお客様たち。異口同音に「立場が逆!」と言われてしまいました。そうです、お客様が入院された場合のアフターフォローを担当する私が、先にダウンしてしまうなんて。生命保険の仕事の責任を痛感しました。退院後、あらためてお客様とちゃんと向き合った仕事をしていこうと決心。そのためには、従来のがむしゃらな仕事スタイルを見直し、まず私自身が充実した人生を過ごすことができなければ何にもならないと・・・。
 その思いを形にしたくて、オリジナルハガキを毎月発行することを思いついたのです。内容はお客様のご紹介。お客様の人生と私の人生を重ね合わせて、ご紹介していくことにしました。
 

1999年 
 神様からもらった二つめの命を大事にしようと、今までとは打って変わってリラックスした年です、ちょっと遊びすぎてしまったかなぁ・・・。それまでは社内でもトップクラスの営業成績を上げていたというのにそれも下がり続ける一方、不安がなかったといったら嘘になります。かつてのようなパワー全開の営業をすれば良いのでは、という思いが何度も脳裏をよぎることに・・・。でも、その営業スタイルにはもう戻れない。不思議に、苦しくても自分が信じている生き方を続けることの方が重要だと感じていました。
 私の入院報告を聞いて、多くのお客様が「がん保険」に加入してくださった事を思い出します。そういえば、退院後に仕事等でがん患者さん達にお会いするたび「がん仲間」としてなにか不思議な連帯感みたいなものを感じて、その方と本音で話が出来るようになりました。経験者として患者さんのお役に少しでも立てれば、という思いです。
 

2000年  
 春、お客様が闘病の末に亡くなられました。余命6ヶ月と診断されると請求できる「リビングニーズ」の申請手続きを予め済ませていたため、私もなかば覚悟はあったものの、やはり大きなショックを受けました。生前「藤本さんと逢えて本当によかった」と仰っていたとご主人から聞かされ、思わず手を取り合って泣いてしまいました。生命保険の営業マンとは、実に不思議な仕事です。仕事の役目を果たし感謝されるその瞬間には、当のご本人とはもうお話しすることもできない。そう考えると、とてもやるせない仕事かもしれません。しかし反面、これほどの感謝を受け取ることのできるかけがえのない仕事でもあるのだと感じています。
 生命保険とは、本来お客様の人生の終わりに価値を発揮するもの。それまでは、幸せで充実した人生を送っていただきたい。また、それを見守りながら私自身も充実した人生を送ることができれば・・・これが私の願いです。
 

2001年  
 アウトドアに熱中し、約1年間キャンプ場巡りをしていましたが、キャンプ場使用料の異常なまでの高さに加え、自然に親しみ静かな時間を過ごしに行ったはずなのに、気がつくと周囲は都会からのキャンパーだらけという現実。もっと落ち着く場所はないものかと探していたところ、運良く九十九里にある知人の別荘を借りられることになりました。
 約3年続いた「お客様ご紹介」ハガキの原稿を利用して、ホームページを作成することにしました。他の保険営業マン達のホームページを予めリサーチした結果、その多くが「保険売らんかな」の主旨であることがわかりました。わたしが目指すお客様へのアフターフォローをメインとしたホームページ作りにチョッピリ自信を持つことに。慣れないホームページ製作に試行錯誤を重ねながらも会社(ソニー生命)の支援もあり、2001/01/01の午前0時、待望のマイ・ホームページ公開に至りました。
 

2002年  
 ホームページへ対するお客様や周囲の評判も良く、毎月の更新にも力が入ります。特に保険業界の方々に注目されたのは予想外でありビックリしました。気をよくしてホームページをリニューアル。コンテンツも大幅に増やしました。協力してくれたのは、息子の友人の仲松拓哉君。私のムリな注文にも四苦八苦しながら仕上げてくれる好青年です。
 お客様でもある石井画伯(プロではありません)が、私のキャラクターイラスト「ふじもー君」を毎月のハガキ用に描いてくれるようになりました。このイラストはホームページにも掲載されているので、お客様や初めてお会いした方にイラストそっくり!とよく笑われます。トナカイ?やミツバチ?の被り物イラストもあるので、私はなんだか複雑な気分です。石井画伯は私のホームページの中に「おやじのはばかり」というページを公開しています。
 

2003年  
 家主の都合で突然使用できなくなってしまった千葉県九十九里の「ゆめてん工房」に代わり、長野県御代田町での「ゆめてん村」が誕生!この運の良さ?と仲間たちのやる気に私が一番ビックリ!地元の方々の暖かいサポートもあり、2週間に一度、千葉から浅間山の麓まで往復約500Kmのドライブを、いつも楽しみにしています。
 ホームページをご覧になった方々との新しいご縁が出来ました。
病院のベッドの上で感じた、自分らしい人生を生きるという思いを続けてきて、自分自身また周囲の方々、環境が変わり始めてきたのを感じます。一度は落ち込んでしまった成績も、徐々に以前のような成績に近づいてきました。でも、同じ成績でも依然とは質が違います。この肩に力の入らない自然体の営業スタイルが、本来の私には合っているのでしょう。身体に不調は感じられませんし、何よりも精神が健康だと思っています。
 

 

 

 

戻る