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S28年、東京練馬で兄姉4人の末っ子として誕生。仕事で留守がちな父上に代わり、14歳上の長兄が面倒をみてくれました。また、世話好きな母上を慕って近隣のおばさま達が常時集う家は大賑わい。文章を書くことは、小中学時代から大好きだったそうです。
地元の商業高校を卒業後は住友重機機械工業(株)へ。この若き女性は遊びの誘惑に目もくれず、週三回の英会話、また大学の受験勉強と文字通り勉学に明け暮れていました。その努力が実り、明治大学英文科に入学。そこで出会った英国人講師が現在の夫だそうです。
その後、フランスの船会社、医学書出版社を経て、カナダの有力紙で英文記者の道に入られました。全国を取材で飛び回る中、これが天職かもしれないと思われたそうです。
タイム誌に在職中の2001年、漁業実習船えひめ丸事故では宇和島で取材にあたられました。現在のビジネスウィーク誌に移られてからは主にオンライン向けのリポーティングに携わっておられます。一方、かつてお嬢さんの小学校のPTA会長として一年間の任期を務められた頑張り屋。その時の仲間とは後に、念願だったママさんコーラスグループを結成。毎週末の練習が待ち遠しいそうです。当初はニワトリ調であった?声も、今や驚くばかりの美声に!
最近、周りで亡くなられる方たちが多く、「人生は有限だ」と痛感。仕事のみに生きることを見直し、いつまでも自分を磨き続けていく心穏やかな人生を送っていきたいとおっしゃっています。
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